月刊Boresight〜飛行機四方山話〜
5月号 「特集 グラマン鉄工所最後の猫」
おはなし : 今戸 零流 (日本航空機蘊蓄研究倶楽部西茨城本部初代会長)
資料提供 : 某サイトさま
さて、ボアサイトの時間です。
今回のお題は予告通り、世界規模で人気bPの「グラマン F−14 トムキャット」です。
まずはトムキャットの生い立ちから行ってみましょう。
激化するベトナム戦争当時、アメリカのマクナマラ国防長官は、空軍、海軍で共通に運用できる戦闘機の構想を
ぶち上げてしまいました。
この背景には、ベトナムでの状況云々よりも、マクナマラ長官の政治的戦略が見え隠れしていましたが、
少なからずそういった側面もあったのでしょうか、すんなりと話は進んでいったようです。
これが初の実用可変翼戦闘機(攻撃機)「F−111」の基になったわけですが、この構想で出た海軍型
の「F−111B」は、見事に失敗をこいて計画はキャンセルになりました。
「F−14」のスタートは、まさにここからと言えます。
すでにこの時に、海軍ではベトナムでの教訓(というか勘違い)から、超長射程のミサイルとそれを管制
するレーダーFCSの開発を進めていました。
しかし、「F−111B」がキャンセルされた事により、この「非常に高価な武器」を搭載した、制空戦闘機
(海軍では艦隊防空機)の調達に至るわけです。
余談ですが、空軍でも「戦闘機」としての「F−111」は失敗に終わっていましたから、同時期に
制空戦闘機の必要性が浮上したわけです。
マクナマラ長官の失敗により、空軍・海軍共通機体の開発は不可能であると判断したのか、海軍のメンツを
保つためなのかは不明ですが、今度はそれぞれ独自に開発を進めました。
これが「F−14」と「F−15」の誕生になります。
グラマン社では、先の「F−111B」開発に携わった経緯と、海軍との強い結びつきから時期戦闘機の
開発を引き受けていました。最新型で強力な「AWG−9」レーダーと、超長射程の空対空ミサイル
「AIM−54 フェニックス」を運用できる艦上戦闘機を、海軍は要求していたわけで、それがグラマン
で「F−14A TOMCAT」となったわけです。
トムキャットの最大の特徴といえば、やはりあの「可変後退翼」ですね。
「可変後退翼」自体は、先の「F−111」が先駆ですが、実はそれよりも前にグラマンでは可変翼機
を進空させています。
「XF−10F ジャガー」という機体で、これは失敗(実用機としては使えない)に終わりましたが、
そのノウハウは「F−111」を経て「F−14」に確実に受け継がれています。ただし、その機構は
改良されて、全くの別物といっていいほど、完成されたものになっています。
またまた余談ですが
可変後退翼は、第二次大戦中にドイツで考案されたものです。終戦後にアメリカがその技術を持ち帰り、
はじめX−5実験機で初めて飛行しました。その後、さきのXF−10Fで試験的に導入され、F−111
で実用に至ったものです。
アメリカ以外では、ソ連(当時)のスホーイ Su−17、ヨーロッパ共同開発のトーネードが実用機
として採用しています。
可変後退翼のメリットとしては、「高速性能」と「低速性能」の両立、が上げられます。
これは、超音速に優れた強い後退角は必要だが、そうすると離着陸(離着艦)時に、あまり速度を落とす
事ができない。しかし、後退角を弱くすると、低速での操縦性は向上するが高速性が犠牲になる。
んじゃ、どうするよって事で考えられたものです。
結果論としてですが、現代の航空戦においては高速性能よりはむしろ、「機動性」に重きを置きますから
じつは可変後退翼は殆ど意味が無いといっても差し支えないものではないでしょうか。
〜 速さの証明? みたいな 〜
トムキャットにおける可変後退翼の役割も、同じアプローチから導入されたわけですが、じつは。
数ある可変翼採用機の中で、トムキャットほどそれを最大限有効活用した機種はありません。
高速性能と低速性能の両立は先の話の通りですが、トムキャットの開発思想は「戦闘機」そのもの。
そこでグラマンは考えた。
「せっかくだから、空中戦でも有効に活用しようじゃないか!」
と。
空中戦時の機動では、今でこそF−15のようなトータルバランスに優れた翼形状を用いているため、
固定された形状で事足りますが、当時(といってもすでにF−15も開発してたりしてますが)までは
その都度、最良の空力特性を得ようと、様々な方向性からいろんなアイデアが採用されてきました。
例えば、「F−104」などでは空中戦の時にはフラップを「離陸位置」に固定して「空戦フラップ」
として用いたり、「F−4」では前縁フラップを「スラット」に変えて空中機動性を向上させたりと、
いろいろと工夫を凝らしてきました。
トムキャットの場合は、まさに「棚ぼた」的なものでしたが、空中戦の時に、速度などによる機動条件
の変化に合わせて、自動的に後退角を変化させ、最適な翼形状になるようになっています。
言うのは簡単ですが、実はこれも非常に難しい問題で、翼を最前進位置にした時と、めいっぱい後退させた
時では、飛行特性そのものが変化します。
前回出てきた「アドバース・ヨー」など、翼の位置によって出たり出なかったりするものもあったりします。
トムキャットでは、翼のポジションは(たしか)何段階かに決められていて、それぞれの位置で動翼の
条件を合わせて動かせるようになっています(たぶん)。
後退角が最大の場合、完全なデルタ翼になりますが、そうなると主翼にあるエルロン、スポイラーだけでは
機動できないはずです。
そこで、水平尾翼(スタビレーター)を「エレボン」として使えるようにするなどの工夫が盛り込まれて
いたりします。
このあたりは、先のF−111でのデータや、過去のXF−10での失敗が生かされた結果でしょう。
特に艦載機であるため、ロール方向でのクイックさはありすぎてもいいってくらいに必要ですから、主翼
プラス尾翼でもロール方向のモーメントを得ようとするのは当然の帰結でもありますね。
実を言いますと、トムキャットのロール特性は「ダメダメ君」です。まあ、上から見た平面積からすれば
当然のような気もしますが、たぶんロールレートだけ見ればファントムにすらはるか及ばないのではない
でしょうか。このことからも、当時のトレンドはあったのかも知れませんが、尾翼で補助するという
考えはやはり、当然だったのかもしれませんね。
ちなみに、主翼の動きは自動ですが、手動でも切り替えられます。
何にしても、あの主翼が、トムキャットを当代随一の艦上戦闘機にした、といっても過言ではありません
が、逆にトムキャットの未来を閉ざしてしまったのもあの主翼に一因があるというのは、なんとも皮肉だと
感じます。
さて、トムキャットのもう1つの特徴はやはり「兵装・火器」ですか。
先程出てきたレーダーFCSの「AWG−9」と空対空ミサイルの「AIM−54 PHOENIX」、
このコンビは未だに世界最強の組み合わせであることは間違いなさそうです。但し、「長距離」という
カテゴリーに限って、ですが。
「AWG−9」の特徴は、
「24個の目標を補足し、そのなかから6個の目標に対して同時にロックオンする」
ところ。目標の補足、識別は、現在の他のレーダーFCSでもこれだけの処理は行わないと思われます。
私が知らないだけかも知れませんが、まず必要ないから。
そして、その情報を「フェニックス」にインプットして、同時に6個の目標を撃破することができる、
というのが最大のセールスポイントです。
何しろ、戦闘機開発の予算をケチってまで、このレーダーに予算をぶちこんだのですから、その熱意たるや
なみなみならぬものを感じます。まあ、これで「ダメだし」喰らったらそれこそマクナマラ長官は失脚では
済まされなかったんでしょうけど。
参考までに、現在主流の「AIM−9 サイドワインダー」と「AIM−120 アムラーム」の2つの
空対空ミサイルと、フェニックスを比較してみましょう。
サイドワインダーは、いわゆる「短距離AAM」で、射程距離は・・・わからん。
ロケットモーターの燃焼時間がおよそ40秒、ミサイルの速度がマック2.4(最大)ということから計算
すると、有効射程距離はおよそ「700m/Sec×40Sec=28000mm」だから、28km、
でいいのかな?ただし、そこで燃焼は終わるわけだから、実有効距離はもっと短くて、10km前後か?
まあ、だいたいこんな感じです。
サイドワインダーは「IRホーミング」、つまり赤外線追尾方式ですから、「ファイアアンドフォゲット(
打ちっぱなし)」方式ですんで、ロックオンしても百発百中とは限らないところがミソ、ですね。まあ条件
次第でしょうけども。
アムラームは、「AIM−7 スパロー」の強化版ともいえるもので、スパローの「セミアクティブ・レーダー
ホーミング」(自機が照射したレーダー波を辿っていく方式)を一歩進めて、「アクティブホーミング」(
ミサイル自身がレーダー波を照射して追尾する方式)にしたもので、こちらは「中距離AAM」です。
有効射程距離は、サイドワインダーよりもちょっと長め、といったところ。実用に際しては、殆ど差は
無いようですが。
実は、このアムラームの追尾方式は、フェニックスのそれを改造したものです。ぶっちゃけ。
射程距離を除けば、中身はさほどフェニックスとは違わない、といっていいでしょう。
昨今の技術の進歩によって、機器を小型化できたからこそ成せる技ですね。
まさに技術は「日進月歩」、1歩進んで2歩下がる、とはよく言ったものですね(進んでね〜って)。
さて、対してフェニックスですが、登場当時はそれこそアムラームよりも進んでいました。
言ってみれば、AAMでアクティブレーダーホーミングを採用していたのは「フェニックス」のみでした。
しかも、「AWG−9」との完全なリンクにより、完璧に近い(完璧でないことに注目!)追尾を行う
事が可能でした。
これは当時としては非常に画期的なもので、その図体のでかさからくる「超長射程距離」により、ヘッドオン
(敵機との対進形態)では、レーダーに補足さえしていれば、敵を見る前から撃墜できる事も可能なわけ
です。これはアムラームでも可能ですが、同時に6機、という所と、射程距離の長さの違いで、アドバンテージは
フェニックスのほうにありますね。
これが“フェニックス”ミサイル。そのうちスクウェア・フェニックスになる(うそ)
ただし、
やはりミサイル神話はそんなに甘いもんではないようです。
今も昔も、空中戦で雌雄を決するのは、やはり「ドッグファイト」でして、長射程のフェニックスやアムラーム、
スパローなんかは、「当りゃラッキー!」程度の成果しか得られないようです。
ただ、大型機などの目標に対しては、逆に非常に有効ではありますが。
ともかく、実用度は置いといて、フェニックスは性能としては未だに一級品であることは変わりないようですね。
主翼の効果や火器に触れたところで、じゃあ、トムキャットは戦闘機としてはどうなのか、という所を
探ってみましょう。
よく、配備当時は何かと空軍の「F−15」とライバル扱いされていました。これは登場時期が殆ど同じなのと、
おなじ「制空戦闘機」ということから「比較」されていたからです。
しかし、何度も言っているように、「艦載機」という足かせがある分、比較するのは酷という感じもしないでも
ありませんが、そうも言っていられない所もあります。
はっきり言いますと、F−15と比較した場合、戦闘機としては「比べられない」レベルです。残念ながら。
トータルバランス、という点で、すでに差は出ていますが、一番の要因は、じつは「エンジン」にあります。
まあ、それが全てではありませんが、空中戦では「F−4」にも負けることはしばしばあったようです。
パイロットの技量の差はあったのだと思いますが、思うようにスロットルを開閉できないところに弱みがあった
ようですね。
映画「トップガン」を思い出して見ましょう。あの「ハイネマンズ・ホットロッド」と称された「A−4
スカイホーク」にさえ勝てません。
空中戦訓練の一場面で、軽快にロールを繰り返すスカイホークと、重たそうに一回ロールを打つトムキャット
の対比が哀れを誘う場面がありました。探してみるのも面白いかも知れませんよ。
実は、あのエンジン「TF−30」は、先の「F−111」と同じもの。スロットルワークにかなりの制限
があり、いきなり回転数をMAXにすると「ストール」してしまう代物です。これでは勝てないって。
今でこそ、F−14Dとなってエンジンを換装したものが出ていますが、時既に遅し、時代はもう終わっていたのです。
余談ですが、F−15も操縦は難しい部類に入ります。
ただし、F−4のような「じゃじゃ馬」という意味ではなく、機体のポテンシャルを100%引き出すことが
不可能に近い、という意味で難しい、という意味です。
限界性能がパイロット自身の限界を超えているため、気が付いたら「ブラックアウト」という危険が潜んで
いる、ということです。
とはいえ、空戦技術次第ではトムキャットは「最強」の部類に入ります。矛盾しているようですが、幅の広い
空戦速度領域を図らずも得たトムキャットには、トムキャットなりの戦法があり、そのペースに持ち込んでしまえば
敵なし(F−15やSu−27シリーズ、Mig−29は別)です。
そんなこんなで、アメリカ海軍において主力戦闘機として採用されたトムキャットですが、性能やウィークポイント
は別として、乗るほう、見るほうともに人気は高かったと思います。海軍のパイロット(ちなみに海軍では
パイロットをエビエーターと呼ぶ)にとっては、トムキャットライダーは1つのステータスシンボルであった
といってもいいかもしれません。
そして、そんななかで、内外共に1番の人気を誇っていたのが、VF−84飛行隊(現VF−103)
“ジョリー・ロジャース”の機体でしょう。
以前はみだしコラムでちょこっと触れましたが、あのアニメ「マクロス」にパクられたくらいですから。
〜 ほら、かっちょえ〜でしょ? 〜
ちなみに、この飛行機と共に、同飛行隊の名を世界に知らしめたのは、やはり映画でした。
「ザ・ファイナル・カウントダウン」(ドン・テイラー監督、197?年)という映画。
カーク・ダグラスやマーティン・シーン、ジェームス・ファレンティーノなど、往年の名優が勢ぞろい
しています。ストーリーはSFなんですが、出てくる飛行機や空母は全てホンモノ。
なかなか面白い作品です。これはかなりオススメ。
「トップガン」といい「ファイナル〜」といい、米海軍は昔っからメディアには協力的ですね。
まあ、裏には「最強の軍隊」をアピールするっていうのもあるのでしょうが、これはファンにとっては
(裏の事情はともかくとして)嬉しい限りですね。
そのほかにも、個性的なカラーリングをした飛行体が多々存在していましたし、評価試験飛行隊のVX−4
のトムキャットなんかも、マニアに留まらず一般にも人気が高かったと聞きます。
〜 う〜ん、時代をかんじるなぁ 〜
しかし、時代はベトナム当事とは全く変わってしまいました。
現在では「制空戦闘機」の存在すら危ぶまれる時代です。湾岸戦争に見られるように、航空作戦も「制空権の
確保」から「対地攻撃」に主眼を置かれるようになり、必然的に空母航空団においても「艦上戦闘機でしかない」
F−14は、いわば「無用の長物」と化してしまう有様です。
爆弾を携行して攻撃能力を付与したところで、元々が搭載能力がAAM主体だから貧弱、しかも「F/A−18
ホーネット」の足元にも及ばないのでは、軍備縮小の名の下に消えていくのも致し方ない、という寂しい現状と
相成ってしまいました。
艦上戦闘機としては一流であったはずのトムキャットですが、艦上戦闘機であるが故の足かせなどで、引退を
早めてしまった、なんとも皮肉な末路となってしまいました。まだ現役ではありますが、活躍の場はもう残されて
いないといわざるを得ません。
日本国内からも、すでにその姿を消してしまっています。
私がその雄姿を見たのは数える程しかありません。
沖縄に生息していた当事、頭上をかすめて飛んでいったトムキャットの雄姿は、生涯忘れる事はないでしょう。
間違いなく傑作機でした。それが傑作機のまま姿を消したのは、言い換えれば幸せなのかもしれませんね。
さて、湿っぽくなってしまいましたが、今回はこの辺で。
次回は、せっかく「トップガン」の話がでたので、「トップガン」について語って行こうと思います。
まあ、あの映画のおさらい、みたいな感もしないでもないですが。
では、また次回、お会いしましょう。
トップページへ戻ります
付録「用語集」
「用語集」には、今回出てきた「単語」の解説が載っています。今後随時増やして、「辞典」化していこうと思っちょります。