今日もわれ大空にあり



さて、「マブラヴ オルタ」発売記念!という事で、SOA第3回目をすっ飛ばしての第4回目です。

今回のテーマは、飛行機ファンにも意外と知られていないと思われる、日本が誇る航空アクション 映画

「今日もわれ大空にあり」

をお送りします。今回は資料と呼べるものが殆どありませんので、テキストのみでお送りする事を まずご了承ください。よって、あまり長文にならないように、所々はしょっていきますのであしからず。

まず、この映画を紹介するにあたって、話さなければならない事があります。それは、この映画が制作 された背景について、です。

本文で詳しく解説しますが、 この映画が公開されたのは昭和39年(1964年)の事です。この時の航空自衛隊を取り巻く環境は 今よりもかなり厳しい時期でもありました。
その時期を踏まえれば、この作品の企画がうまれたのはそれを遡ること数年前という事になるでしょうか。
この頃は航空自衛隊も初期段階にあったと言え、様々な理由から事故が相次いでいました。また当時のFX(次期主力戦闘機) 選定に絡む政治的な問題や、自衛隊そのものの存在可否が問題となっていた時期でもあります。

その論議を醸したFX選定により決定したF−104という戦闘機が、この映画の1つの象徴でもあるわけですが、 当時は、今では信じられない位に「超音速」というものが誤解されていた時代でもありました。
マック2クラスの「超音速」は恐ろしいもの、という認識が一般的だったこともあり、一部ではありますが その誤った認識が航空自衛隊への槍玉の材料にも使われたといいます。
そんな誤った認識を払拭する意味もあった作品と言えます。

そしてもう1つ。
映画の話が持ち上がった時期としては恐らく、昭和34、5年頃であったと推測されます。
今では本当に信じられませんが、航空自衛隊のパイロットの数よりも、保有する戦闘機の数の方が上回って いた時期でもありました。慢性的なパイロット不足という時代です。
そこで、次世代を担う若いパイロットを獲得するという意味合いも込められていた事は、作中からも 充分すぎるほど伝わってきます。

そして、さらにもう1つ。
これは推測ですが、広報活動の一端を担う事となる、戦闘機によるアクロバットチーム
「ブルー・インパルス」
の宣伝も兼ねていたのではないかと思えます。後でも触れますが、白地に青の有名なチームカラーを まとう前の、貴重な初期塗装のブルーインパルス機も出演しています。


さて、前置きはこれくらいにして、本筋。

この映画は、単なる航空アクション映画ではないと言えます。
航空アクションを題材としていますが、基本は「青春群像劇」です。
このあたりは有名な「トップガン」と同じと言えますが、かの作品よりも20年近くも前に作製された という事実は、日本映画のレベルはハリウッドよりも高かった事の証明でもあるでしょうね。

なにも「クロサワ」だけが有名だったわけではないのでしょうか、おそらくこの作品が後の航空アクション 映画に与えた影響は、かなりのものであると断言できます・・・・たぶん。
その証拠に、この時期に世界各国で作成された航空アクション映画で、この作品以上のものが無かった 事、この作品以降に作成されたものが大筋で物語が近似している事など、思い当たる節があります。
まあ、偶然、という見方もできますが。というか、そのほうが自然かも知れませんけどね。

なにはともあれ、早速作品を見ていきましょう。



制作時の時代背景


 さて、この作品が作成された1960年代初頭という時代は戦後から現代への過渡期とも言える時期でもあり、 いざなぎ景気と呼ばれる高度経済成長期の直前でした。
 日本はもはや敗戦国からの脱却を始めており、国民も自己の生活を豊かにするために躍起になっていた時代です。

そんな時代背景に加え、自衛隊そのものにも風当たりが強かった事もあり航空自衛隊ではパイロット不足 が深刻化していた時期でもありました。
 戦中派の生き残りパイロットも、そのまま横滑りで戦闘機のパイロットとして任官した方もいましたが、しかし時はジェット機時代 を迎えていたために、それに追従できない者は容赦なくエリミネートの憂いき目にあっていました。
そんなこんなで、ジェット戦闘機のパイロットは少ない、しかし防衛計画による「33個飛行隊構想」での機体の増強配備、 というギャップが起き、大半の戦闘機が飛べずにお飾りになっている状態が続いていました。

 丁度この作品の話がでたのはこの頃であろう事は想像に難くありません。正確には判明していませんが、時代背景を鑑みれ ばそれは間違いないといえるでしょう。しかも、企画がまとまった頃には更なる時代の変遷が待ち受けていました。

 それが、後に「一千億円の空中戦」とまで揶揄されるF−X問題に始まった「超音速時代の幕開け」でした。航空自衛隊が 次期主力戦闘機として導入した「F−104J」は、マック2クラスの超音速機であり、国民はおろか、自衛隊の内部でも超 音速そのものが理解されていませんでした。

 そんな時代の変遷を踏まえ、企画が練り直しされて作品としての制作がスタートしたのではないでしょうか。
物語の中で、F−86からF−104へコンバートする(できる)パイロットの確立は「千人に1人」という場面があります。
このあたりもその「超音速に対する誤解」が見え隠れしています。
よくよく考えれば、確かにF−104は操縦自体難しい部類に入りますがそれだけを考えれば後のF−4EJのほうがよっぽど 難しいと言えます。
その「千分の1」の根拠が何によるモノなのか、恐らくは製作者サイドのみならず、当の航空自衛隊内部でもはっきりしていなかった のではないかとも思えます。
唯一根拠と呼べるものは、先の「ベテランパイロット」のコンバート率が思いのほか低かった、という事なのでしょうけど。
この影には、実は旧態依然としていたF−86から、当時最新鋭の、しかも初となる「火器管制装置」、つまりレーダーを装備した ありえないほどのダッシュ力を誇るF−104への移行が、老練のパイロットには厳しすぎた、という実状があったようです。
考えてみれば、隔世の差というのは何もこれに限らずありますよね。例えば、今のおじいちゃん世代(失礼)が 携帯電話を扱いきれないのと同じように。物は違えど、状況は似ているのではないでしょうか、恐らく。

それ以前にもF−86Dなどの全天候戦闘機を装備してはいましたが、それすら使いこなせないパイロットが多かった(実際には F−86Dの火器管制装置が複雑すぎた)事もあり、なおさら次世代の戦闘機は複雑かつ未知の領域だとの認識があったのだと 思います。

 かくして、物語のプロットは「若手パイロットが最新鋭の戦闘機に挑むサクセスストーリー」という図式へと落ち着いたの だと思います。
当然そこには、大空への憧れ、素晴らしさを素直に表現したいという意図もあったわけで、それがあの日本 が誇るアクロチーム「ブルー・インパルス」の出演という形に繋がったのではないでしょうか。

 航空自衛隊の全面協力、という、当時としては本当に考えられない、一歩間違えればとんでもない事態に発展しかねない事 をやってのけたのは、当の防衛庁の思惑もあったのでしょうが、「ロマン」というものが素直に語れる時代でもあったから なのでしょうね、きっと。



あらすじ


 さて、この作品のあらすじは、端的に言うと「若造パイロットがベテランパイロットと衝突しつつ、一人前に成長していく 物語」です。昨今のスポコンドラマに通じる所もありますが、大筋に於いてはその傾向が強いかな、と。
フィールドがスポーツではなく、あくまで職業としての「戦闘機パイロット」というところが1番の違いでも有りますが、 じつはその部分こそがこの作品がまがりなりにも受け入れられた要因でもあると言えるのではないでしょうか。
 話がそれましたが、要するに若輩者が鍛えられ、上官と衝突しながらも成長していき、一人前になるという物語です。

 物語の冒頭では、それこそ、その「若造パイロット」が我物顔で危険な飛行をしています。テクニックレベルが高い、という 訳ではありませんが、自分の腕を過信し、無茶をしている、という感じです。
 その若造を一人前の、しかも最新鋭の戦闘機パイロットに育てるべく赴任してきたベテランパイロットが、それを見て一喝 する所から物語りは動き始めます。

 その後、若造とベテランの衝突がありーの、若造の挫折がありーの、あっつーい恋の話がありーのと、青春絵巻 そのものの展開となっていきます。
 数々の意見の相違、衝突を繰り返し、いつしか若造たちはベテランに信頼をおくようになり、最終的にベテランから 最も大切な事を教えてもらい、そして別れて行きます。

 あらすじとしては良くあるパターンでは有りますが、ベタなのは時代が時代なだけに、言ってみれば当時はそれこそ この物語はパターンを形作った作品群のうちのひとつ、つまりはパイオニアでもあると言えるのではないでしょうか。



腕自慢の雛鳥達と鬼隊長


この作品の主人公というのが、実は一見すると明確になっていない所がミソです。物語の冒頭、若い 腕自慢のパイロットが我が物顔で飛行している所に、新しい隊長が赴任してきます。降りてきたその若いパイロットたちの 天狗になった鼻っ柱を折る所から、作品の物語が始まるのはあらすじで書いた通り。
 若き4人の雛鳥たち、そして鬼隊長の物語ですので、この5人が主人公とも言えます。しかし、見方を変えると、面白い様に物語は 変化します。
以下、雛鳥、鬼隊長、そしてそれを取り巻く人々の視点から物語を深くえぐって見ましょう。



若き血潮の雛鳥達に見る若者像


 この映画において「若者」というのは、なにも年齢だけがその位置付けの根拠ではない事がよくわかります。
もっとも、キャスティングの影響もあるのでしょうが、タイガーリーダーの三上1尉なんかはどう見ても若者という年齢ではありません。
年齢に関わり無く、物事を体得する(しようとする)者をすべからく「若者」と位置付けており、特に社会では新入社員などは「若者」と 位置付けられるのはもはや当たり前ですね。
話がそれましたが、この映画や大ヒットした「トップガン」などに見られるように、パイロットという人種は非常に プライド、というか自分の腕に自信をもっています。いや、自信が無ければやっていけない「職業」ともいえるでしょう。 それは、戦闘機のパイロットだけでなく、畑違いではありますが「職人」、あるいは「プロ」といわれる人全てがそうだと思います。
 また、駆け出しの頃、人並みに物事をこなせるようになると初心を忘れ、天狗になって自信過剰になってしまうのも、その 現れでしょうか。ケースは違いますが、自動車免許を取った人の大半はこういう傾向にありますね。私もそうでした。
そういう時期は、ちょっとした油断がまさに「命取り」になるのは、土俵は違えどすべてにおいて同じ事がいえます。
 この作品では、タイガー編隊1番の新人、風間3尉がそうでした。
彼でなくとも、誰にでもある「落とし穴」でもあるわけです。
この事故の後、新任の鬼隊長、山崎2佐が三上1尉に言った「いつか思い知らされる日がくる」が、まさにそれだったわけです。
ただ、それを実感はしても納得できないのが「雛鳥」であり「若者」たる所以で、隊長の厳しさを素直に受け止められない 理由でもあるわけです。

現実問題として、パイロットに限らず整備員だろうと管制官だろうと、職種を問わず自衛隊に入隊した頃はしごきにしごかれます。
本当にいい加減にしてくれと言いたくなるくらい、体力的にも精神的にも鍛えられます。
良い意味でも悪い意味でも、集団生活、そして国民の防人となるために。故にそれについてこれない者は早々と消えて行きます。
しかしそれはただ単に篩いにかけているわけではなく、それだけの気概をもって何事にも取り組むことを教えているわけですね。
「親父の小言と冷酒は・・・」なんて言葉もありますが、それらは後に自分が1つ殻を破った時、初めて気付くのでしょうね。
それが「成長」であり、後に隊長と同じ立場になったときの「経験から来る自信」でもあるのだと思います。
自衛隊に限らず、多くの職場や民間企業でも、たたき上げで人の上に立つ者の言葉は説得力もあるし重みもあります。そうでないいわゆる キャリア組のような、現場や現実を実感として持ち得ない者の発言とは雲泥の差がありますね。
この雛鳥たちは、そういう意味ではとても恵まれているといえるでしょう。
もっとも、それを痛感するのは物語の最後なんですけどね。



鬼隊長の本当の姿


 かたや、隊長としてはどうなのでしょうか。
傍目には「隊長」っていやあ格好良く映るものです。昨今のロボットアニメなんかでも、若くして小隊長などになったり して部下を指揮する姿は格好よく描かれていますが。
 「隊長」というのは、言ってみれば「管理職」といえば良いでしょうか。ただし、そこには並大抵ではない「責任」が のしかかっています。
国民の血税で賄われた飛行機、それを運用する「集団」を管轄する責任。その責任は何も飛行隊に限りません。整備でも 「人の命」を握っているのですから、その責任の大きさは推して知るべし、でしょう。
話が逸れましたが、かいつまんでいうと隊長は己を前面に出す事がその本懐ではなく、組織をいかにまとめ、或いは組織が 掲げる目的にいかに到達させるか、が本質なのではないでしょうか。

 この映画において山崎2佐は言ってみればタイガー編隊をマルヨン(F−104のことね)パイロット候補生として一人前にする事が仕事です。 故に、操縦技術のみならず、メンタルな面での成長も促さなければなりません。
ましてや、この当時まだ掌握しきっていないマルヨンの飛行特性は「未知の領域」であったに違いありませんし、 離着陸時の速度がけた違いに速いだけで、あがってしまえば素直な特性をもつ、というのはずっと後になって解明される 事です。

 そんなチャレンジングなマルヨンへの道を歩ませるには、仲良しこよしではいけません。それこそ、空に思い知らされて からでは遅いのですから。
 あえて飛行機では鬼のように振る舞い、一度地上に降りたら(仕事が終れば)普通のおっさんになる。風間3尉が、あの事故 の事で相談をしに来た時は、フライトラインで見る鬼隊長の姿はありませんでした。
 それは、隊長としての自分よりも、人間としての、人生の先輩としての、後へと続く若者へ向ける優しさと厳しさの表れなので しょうか。それとも、フライトへの不安を和らげる為に、いらぬプレッシャーをかけまいとする上司としての気遣いなので しょうか。
 少なくとも、あの場面での隊長は「前者」ではなかったでしょうか。
この後、自信を喪失した風間3尉を立ち直らせた一連のプロセスにおいて、隊長が取った行動全てが、厳しさと思いやり、 そして空を翔る事の素晴らしさを共有する「仲間」としてのものだったと思います。
決して甘やかす事はありませんでした。それだけの厳しさが要求される世界ですからそれも当然ですが、その中にも 持てる全てを伝授し、一人前のパイロットになってほしいという優しさがありました。
最後に、1人のエリミネート者を出すことなく、前代未聞の「強行軍」を行うわけですが、そこにも隊長としての「厳しさ」と「優しさ」、 そして「仲間としてのエール」というものが明確に現れています。

結局は、若者を育てる代償に地上へと降りる事になります。それはまさに、新時代の幕開けと世代交代、という 意味を持っていたのではないでしょうか。
最後に、F−86で高度いっぱいまで駆け上がる隊長の横を、軽々と、もっともっと高く駆け上がるF−104の編隊という 場面が、それを見事に象徴しています。



主役たちの影で生きる人々


隊長をはじめとしたパイロット達は、決して1人で飛んでいるわけではありません。
こう書くと語弊があるかもしれませんが、確かに操縦しているのは1人です。
しかしそこには様々な、たくさんの人たちのバックアップがあってこそ飛べるのです。

劇中で何度も出てきた「零コンマゼロゼロ」というあだ名を付けられた整備班長。
冒頭でタイガー編隊へ注意喚起した航空管制官。
風間3尉がフライトを中断した時に駆けつけた消防隊員。
パイロット達のすきっ腹を鎮めるために腕を振るう調理員、栄養士。
そして
私生活で安らぎを与え、仕事へのモチベーションを高めてくれる「家族」。

立っているフィールドこそ、それぞれ全く違う場所ですが、例えば隊長を軸とした時に全ての人が隊長のフライトを支えている といって良いでしょう。

これは何もパイロットという職業に限りませんよね。
視点を変えてみれば、「零コンマゼロゼロ」の班長とて1人で仕事をしているわけではありません。
ベストを尽くすために様々な人のバックアップを受けていますし、またフォローをしています。

誰でも1人ではない、様々な人の助け合いがあって初めて事は成し遂げられる。
「浪花節」とも取れる表現ですが、こういう所が「唯1人絶対的なヒーロー」だけを描写するハリウッド映画とは 違う、日本映画独特の、いや日本独特の「美学」です。
物語終盤、千歳基地へのナイトフライトでは、編隊を組んでの飛行ですが結局はインディビデュアル(各個)でのフライト と同じ状況となります。
そこではパイロットは孤独でした。目の前の計器意外は見えない状況です。
そんな中で叱咤激励する隊長と、その声を聞いて奮起する若造たち。
この場面こそが、誰も唯1人ではないということを凝縮して表現した場面なのではないでしょうか。

隊長の娘が、農家へと「ある秘め事」の探求に行った時の事、あの場面でもそれが見受けられます。

人々の繋がり、生活する上で、仕事をする上で、本当にいろんな人がいろんな形で繋がっているんだなぁ、と、誰も 1人で前に進んでいるんじゃないんだなぁとしみじみ思えてくる場面です。



航空映画としての「今日も〜」


 さて、ここまでだらだらと書き連ねて来ましたが、結局のところ、この映画は舞台が「航空自衛隊」であるだけで、 内容的には「青春群像」といってもいいでしょう。
物語のプロットをそのままに、舞台を替えれば違う映画にもなりますね。
昨今のアクション映画のような華やかさや爽快感はそれ程ありませんが、当時としてはまさに最新鋭の戦闘機をモチーフにし、 かつ、絶妙のバランスでヒューマニズムを織り込み、一般的にスポットの浴びる事の無い「人間としてのパイロット」を 際立たせている、という点で、まさに至高の作品と言えるのではないでしょうか。
恐らく、20代以下の若い世代には退屈な作品としか受け止められないと思います。
それだけ時代が変わり、「人間」という「個」でありながら「種」でもある物に対して関心が薄れてきているという事 もその理由のひとつと言えるかも知れません。
もちろん、そんな自己本位な人間ばかりではない事は重々承知してますけど。
ああ、なんか年寄り臭くなってしまった・・・。
ともあれ、そんな人たちにこそ見てほしい作品とも言えます。
今と違って、時間の流れがゆっくりに思える時代の映像、利便性とはかけ離れた生活様式が見えるところに、人の生活が 際立ってくる、そんな雰囲気もスクリーンから伝わってきます。

断言しましょう。


「トップ・ガン」が、航空アクションの名を借りた恋愛物とすれば、

「ベスト・ガイ」が、航空アクションの名を借りたコメディとすれば、

この「今日も我大空にあり」は

航空アクションを土台とした「ヒューマン・ドラマ」

であると。





おまけ「ブルーインパルス」秘話


 この映画では、非常に貴重な映像が見られます。
そう、いまや日本国民の殆どがその存在を知っている「ブルー・インパルス」です。
F−86ブルーを知っている世代でも、驚きの映像ではないでしょうか。良く知られている、白地にライトブルーの 線をまとった塗装ではなく、銀地に青と白の線を引いた、初期の塗装を施した機体が飛行する姿が見られます。
現在の3代目ブルーは、そのモチーフは初代ブルーを基本にしているようですが、その塗装、じつはこの映画が 発端となって始まったものです。

「天竜組」から始まった(実際にはもっと前から)チームとしてのブルーは、始めは無塗装の味気ないものでした。
チームとして正式に承認されたころから、特別塗装を施すわけですが、それは世界でも類を見ないものでした。
機番とポジションが固定、というのも異例ですがその塗装も、リーダー機がピンクと金色、ライトブルーのシェブロン、 ウィングマンがブルーとライトブルーで、いずれも銀地に直接塗られているものでした。
この映画では一部ですがその塗装のままで出演しています。
この映画の撮影が進むにつれてスタッフと親交が深まり、いつしか
「塗装をリファインしよう」
という話になったそうです。
東宝の美術スタッフがデザインした塗装は、白地に青いラインの入った、洗練されたデザインでした。
チーム発足の足がかりとなった当時の飛行隊のコールサイン「インパルス・ブルー」から付いたチーム名 「ブルー・インパルス」の名前そのままに、青い衝撃をそのまま具現化した、出色のデザインと言えます。
誰もが「ハチロク・ブルー」といえばこの塗装を思い浮かべるまでに、一般にも浸透したこのカラーは T−2ブルーへと改変されるまで変わること無く親しまれました。

そんな隠れた裏事情も含め、この映画がもたらしたものはとても大きいと言えるのではないでしょうか。




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